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大切に使われていた機械には、臭いが残っている。

執筆者の写真: かたやん
かたやん
9月16日
読了時間: 3分

工房に、日本精密のBDK-300がやってきました。

最初に見たときは、 「ものすごく程度がいいな」と思いました。

でも、しばらく眺めていると、 少し違う気がしてきました。


程度がいいのではなく、 大切に使われていた。


その痕跡が、そこかしこに残っています。

うっすらと纏ったオイル。

小さな傷には、その都度きちんと塗料が差してある。

そして電源ケーブルには、 長いあいだ同じように束ねられてきた、 8の字のクセが残っている。


使う。

手入れする。

油を差す。

傷を見つければ補修する。

ケーブルを束ねて、仕舞う。

たぶん毎回、 そんな小さな「仕舞いの儀式」があったのでしょう。

機械そのものだけではなく、 前の持ち主がどう道具と付き合ってきたのかまで、 薄く残っているように見えます。


honuには、こうして残ってきた機械がいくつかあります。

ナカニシNSKのリューターも、 甲府の貴石加工機イマハシも、 故・刀根川さんが残してくれたものです。

どれも、気軽に買い足せるような道具ではありません。

だからこそ、 こういう機会がないと、 「本物の機械がどういうものなのか」を直に知ることはなかなかできない。



偽物を見分けたければ、本物を見る。

素材でも、道具でも、仕事でも、 結局ここに戻ってくる気がします。

写真やスペックだけでは分からない重さ。

ノブを回した時の感触。

音。

油の臭い。

長く使われた金属の艶。

そういうものを身体で知っているかどうかは、 作品を見る眼にも、たぶんそのまま出ます。


honuで作っているものは、 最後にはできるだけ澄ませたいと思っています。

でも、 美しいものだけを見て、 美しいものが作れるわけではない。


油の臭い。

金属の音。

削り粉。

傷。

手直し。

失敗。

待つ時間。


そういう、 まだ作品になる前の世界を一度通って、 ようやく最後に「香り」になる。

完成した香りの部分は、 ある程度なら真似できるのかもしれません。

形も、色も、素材の組み合わせも、 見れば追うことはできる。

でも、その手前にある、 土を這うような臭いの世界まで含めて真似するのは難しい。

たぶん、 その見えない部分が、 最後のわずかな違いになるのだと思います。

今回のBDK-300も、 必死に探して買い漁ったというより、 待っていたら、ある時ふっとhonuへ回ってきました。

「ご縁」という言葉は、 少し綺麗すぎる気がします。

honuでは、 繋がった くらいがちょうどいい。


人から人へ。

道具から仕事へ。

仕事から作品へ。

必要なものを急いで全部揃えなくてもいい。

待っていると、 ある時ふっと繋がることがある。

それも、 長くここで仕事を続けてきて、 少しずつ分かってきたことのひとつです。

今回やってきたBDK-300は、 破格ともいえる価格でした。

でも、金額以上に嬉しかったのは、 この機械が、 ちゃんと大切に使われてきたものだと感じられたこと。

丁寧に使われてきた道具なら、 こちらも雑には扱えない。


次はhonuで、 また長く働いてもらいます。

これで何を作るか。

それは、これからです。



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